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東北人vol.2

震災・陸前高田で当時の中学生が伝えたいこと

「大好きで思ってることを、本当にやれていますか?本気でやれていますか?」

岩手大学4年 大坂智央

· インタビュー,地域,学生

岩手大学工学部機械システム工学科4年 大坂智央

仙台出身、陸前高田で育った大坂さん。現在、岩手大学サッカー部所属にしながら、未来図書館インターンシップ、縁を繋ぐ会in東北の副代表も務めながら日々熱い想いで過ごしている。彼も前を向いて行動している人の一人だ。

私は大坂さんに最初に会ったとき、「都内の大学生に差をつけられていると感じる。このまま社会人になっていいのだろうか。」という率直な想いをぶつけてきた。

その貪欲な姿はどこから来てるのだろうか。2011年3月11日の東日本大震災が大きな転機となっている。

私も祖母の家が岩手県内陸にあり、東日本大震災のことをニュースで見ていたりしていたが、実際に話を聞くのは初めてだったので、とても考えさせられた。震災から7年経った今、大坂さんの想いを届けたいと思う。

「私は、震災の前は、父に『当時の智央は人間の心を持ち合わせてはいなかった』と言われるほど暴君で厄介だったんですよね。
横断歩道で弟と互いに反対側に立ってサッカーのパスの練習をして近くのおじさんに指導を受けたこと、小学校の公衆電話で不意に救急隊を総出で呼びつけてしまい、こっ酷く怒られたと共にその公衆電話がなくなる事件などもありました。
私の友人が私の覚えていない事をある種の思い出話として、今でも盛り上がる時も多々あります。
今思うと、毎晩毎晩、謝りに行くために友達の家に向かっている最中の、車の窓越しに見える星がいつまでも忘れられないでいます。」

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当時、陸前高田市立第一中学校(略:第一中学校)の中学生だった大坂さんは、いわゆるやんちゃな学生で地域では敬遠される存在だった。2011年3月11日に発生した東日本大震災の日、陸前高田市は津波で市街地の約7割が壊滅する被害を受けた。 しかし、第一中学校は高台にある立地条件が幸いし、津波の被害は免れた。大坂さんは、この被害を自分の目で確かめたいと思い、レスキュー隊と一緒に瓦礫を見て周ったという。そこには、戦後かのような状況があり、昨日当たり前に過ごしていた景色はなかったそうだ。この光景が彼を大きく変え、そのときのことを振り返るように話す。

■「当たり前じゃないことを当たり前」へ

「今生きていること、例えば、歩いたり、呼吸をしたり、サッカーしたり、勉強したり、ということを、僕たちできる人には『当たり前じゃないんだな』なんて考える事は難しいかもしれない。でも、やっぱり現実にはそんなことをしたくても簡単にできない方々もいる。きっと、何かの拍子で今までできていた事ができなくなって初めて真に気付くものだと思います。

「当たり前じゃないんだな」って。

でも、それじゃやっぱり遅いから

「自分が当たり前だと思っている事は、誰かにとっては決して当たり前ではない。

だから、自分は誰かの分まで、、、と思いを馳せれる人になれたらな」

といつも思っている。

だからこそ、「当たり前な事は当たり前じゃない」「当たり前じゃない事が当たり前」へ変えていけたらと思うんです。」

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当たり前のことが当たり前にできていることの有難さがよく伝わってくる。

家族と一緒に過ごせること、ご飯が食べれること、自分のやりたいことができていること、大坂さんが経験したように突然できなくなる日が、みなさんにも訪れるかもしれない。

これから不確実な未来では、今を一生懸命生きる大切さを教えてくれてるのかもしれない。

大坂さんの言い切る口調からも、その言葉の重みや背景を感じることができる。

■震災の経験から世界の支援へ

生と死という深いテーマにも触れ、これから自分が支援する側になるんだという確固たる決意。

彼の原動力はここにあるのかもしれない。

「自分に投げかけてみたんです。

『今までやってきた事は、今この瞬間に大切な人がいなくなっても胸を張れるほど、頑張ってきたのか?』

『今の状態で、大切な人にとっての自分の存在が決まってしまうとしたら、現状を満足できるのか?』

『大切な人がいなくなった時、果たして今の自分のままでいられるか?』

と問われたら、僕も自信ない。

当時、私より年齢が上の方々は、私より先に亡くなるのは当たり前だと思っていたが、私より若い子供達が私より先に亡くなるのは考えられなかった。しかし、あの震災で私の何かが覆されたような気がした。リアルな死を間近に感じてからというもの、私の側にはいつも死が寄り添っていて、何をするにも結果的に生きれていると考えるようになった。」

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大坂さんは、大学4年生の今、世界に向けてバックパッカーの準備を進めているという。

人生の大きな転機となるきっかけがあったからこそ、世界に向けてどんな世界がまってるのだろうかと行動を始めている。様々なことで困っている人がいるんではないだろうか?自分に何かできることはないだろうか?震災前の大坂さんとは思えないほど、自分の心の中に志、使命感が既に芽生えている。

「震災を通して、支援してくださった方々、今も尚続けてくださっている方々にはもちろん感謝の気持ちでいっぱいです。

しかし、恩返しは支援者ではなく、もっと困っている方々に向けたいと思っています。将来は世界の裏側で常に死と戦っている子供達をはじめとする人々に、私だけしかできない形で、あの時支援されたように今度は私が支援していきたい。延いては、それが最大の恩返しになるのではないかと思うから。」

文・編集 / 大森綾 写真 / 鈴木聖也